カテゴリー別アーカイブ: ウォーキング

江戸街道7 (美女峠(終))

今週末からもう夏休み。
ついこの間、ゴールデンウイークが終わったばかりと思っていましたが、
時間の経つのが早く感じられるようになったのは、
年のせい!?それとも仕事が増えたため!?
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さて江戸街道。
美女高原の少し南寄りに、道が続きます。
標識が目印。
道は、沢沿いにつけられています。
さらさらと音をたてて流れるせせらぎが心地いい。
まるで滑り台のような岩の上を、水が流れていきます。
ここを下ると、朝日町見座。
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ふもとまで降りると、ほっとした気分です。
いわれが書かれた案内板が設置してありました。
「うば坂」というんですね。
美女高原の案内板には「木曽街道」とありましたが、
ここでは「野麦街道」とあります。
どちらの案内板も、合併前の朝日村が建てたもの。
街道の名前が違うのは何故?
地元の方が、いろんな愛称で呼んでいたからでしょうかね?
江戸街道は、現在の東京まで延々と続いています。
美女峠を歩くところはこれで終わり。
江戸幕府の役人が通った道。
諏訪の製糸工場へ通った、女工哀史の道。
いろんな思いで歩くと、感慨ひとしお。
いいウォーキングコースでした。
ここからは、国道361号となり、阿多野郷へ向かい、
野麦峠、日和田へと2つのルートに分かれます。
このルートは、何箇所か残っていますが、廃道になったところが多いようです。

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江戸街道6

くもり空。
今日から天気は下り坂。
昨夜は、湿度が高く、蒸し暑さを感じました。
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江戸街道。
林道を抜けると、車道と合流。
美女高原に出ます。
高山市の合併記念公園として整備されました。
展望台も設けられました。
昔は、ジュンサイがとれたそうですが、今はありません。
ボート遊びや釣りも楽しめます。
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池のほとりには、管理棟が建てられています。
食堂もあります。
建物脇に、美女峠の由来や木曽街道について書かれた案内板があります。
江戸街道は、時代によって様々な呼び方がされたようですね。

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江戸街道5

今日は午後から、晴れてきました。
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江戸街道の続きです。
比丘尼屋敷跡を過ぎると、林道を歩きます。
1.5km程歩くと神力不動尊
脇からは清水が湧き出しています。
いわれが書かれた看板によれば、
大正9年(1920年)、或る行商人がここを通りかかり、36銭拾った。
冷水が湧き出、往来も多い。そこで36銭を元手に、高根町五十三曲峠の不動明王尊をここに移し、神力不動尊と名付け、寄進によって御堂が建てられた。

奇特な方がおられたのですね。
この日は、地元の方が御堂の掃除に来られていました。
このあたりに来ると、飛騨山脈(北アルプス)、乗鞍岳、御嶽がきれいに見えます。
私が歩いた時は残念ながら雲の中。
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途中、枝道がたくさんありますが、旧江戸街道と刻まれた石碑に導かれて歩けば迷いません。
快適な散策でした。

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江戸街道4

雨降り続き。
雨、降り続き。
雨降り、続き。
どう呼んだらいいんだろう。
自分でも悩みます。
早く梅雨が明けてほしいですね。
昨日、新調したレインコートを初めて着ました。
今までもゴアテックスのレインコートでしたが、
今回は1ランク上の商品を購入。
着心地と、快適さが違いますね。
レインコートの中の蒸れがあまり感じられませんでした。
もっと早く購入しておけばよかった。
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さて江戸街道の続き。
茶接待所跡を過ぎると、こんな石碑に出会います。
「餅売場」
あたりは何もない林の中です。
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さらにその先には、「比丘尼屋敷」と書かれた看板。
何百年たっても17歳18歳にしか見えない比丘尼。
こういったストーリーの場合、「怪しげな・・・」感じがするのですが、
「容色が優れている上に、愛嬌が良く、、お餅を造ることが上手で」と記載されています。
街道を通る旅人に欠かせない美人であったようです。
この八百比丘尼が美女峠の由来。
この看板の裏手に屋敷跡があるそうです。
道からはあまりよくわかりませんでした。

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江戸街道3

高山南部農免道路が開通しましたね。
久々野からふるさと農道を通り、塩屋町に抜ける最短ルートになります。
国立青少年自然の家に行くには、この道を通るのが早道。
もちろん高山キャンプ場も!
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江戸街道は、この道にかかる橋の上を渡ります。
昔の人がこれを見たらさぞかし驚くことでしょう。
美女峠入口から約10分で、雨乞平
祠が立っています。
平らといっても、坂道の途中。
でも地図で確認すると、この祠の裏がなだらかになっています。
ここで雨乞いをされたんですね。
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さらに10分ほどで、茶接待所跡
高山の豪商がここに設け、江名子の方々によって営まれていたそうです。
お堂が2つ。
真新しいお堂の中には石碑のようなものが・・・。
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この日は、江名子校区の土曜教室。
特別に中を見ることができました。
石には、「南無阿弥陀仏」と彫られています。
かつてここに住んでいた八百比丘尼に恋をした男性が、比丘尼が若狭に帰ったのを嘆き、石に南無阿弥陀仏と刻んで自殺したと伝えられます。
地元の方の話では、
「字が男性のような力強い文字でないので、比丘尼が書いたものという説がある」
という話でした。
ロマンチックな話ですね。
八百比丘尼については、次回お話します。

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